研究紹介

人間の知覚、運動、意思決定、感情、コミュニケーションなどの認知的機能は、「潜在脳機能」(本人も自覚できない、身体に根ざした、非記号的・非論理的な脳内情報処理)によって支えられている。この潜在脳機能の動作原理を解明し、好ましい状態になるように調整する方法を開発することを目指している。

主な研究項目

  1. 聴覚情景分析と選択的聴取:
      日常場面では、様々な音が現れたり消えたりしながら混在している。耳から脳に至る聴覚系では、混ざり合った音を音源ごとのまとまりに分けたり(聴覚情景分析)、その中から目下必要なものだけを重点的に処理したりしている(選択的聴取)。この高度で柔軟な情報処理のしくみを解明することを目指している。ここで重要な手がかりとなるのが、聴覚の錯覚(錯聴、空耳)、すなわち、音の物理的特性と知覚的特性との系統的なズレである。錯聴を素材とした心理物理実験、脳機能計測、数理モデルにより、知覚を生み出す脳内各部のダイナミックな連携が明らかになりつつある。
  2. 自閉症スペクトラムにおける感覚特性:
      他者とのコミュニケーションの困難、狭く深い興味などによって特徴付けられる自閉症スペクトラム(autism spectrum disorder; ASD)は神経発達障がいの一種である。ASD当事者は、様々な音が存在する環境で所望の音を聞き取りにくい(選択的聴取困難)、特定の音に対して強い嫌悪を感じる(聴覚過敏)などの問題をしばしば訴え、それがコミュニケーションを阻害する要因のひとつともなっている。このような感覚特性の特殊性に着目し、それを心理物理実験や生理計測によって客観的に定量化するとともに、原因となっている神経メカニズムを解明することを目指している。研究成果は、ASDの客観的診断や適切な支援の基盤となる。
  3. Body-mind reading & feedback:
      心身は別物ではなく、相互に密接に関係している。むしろ、表裏一体、同一の現象に対する記述の視点の違いと言った方が適切かもしれない。本人も自覚できない潜在脳機能は、眼球運動や心拍変動、無自覚的動作、ホルモン分泌などの身体的反応に表れ、同時に、それらの身体的反応が潜在脳機能を誘導する。各種身体的反応を非侵襲的に計測し、情動、意思決定、コミュニケーションなどに関する情報を推定する手法を研究している。さらに、身体的反応から潜在脳機能を調整する可能性も探っている。
  4. スポーツ脳科学:
      球技や格闘技などでは、一瞬の間に、ゲームの状況や相手の意図を把握し、それに応じて適切な意思決定をして、身体各部を協調させて動かさなければならない。意識的なプロセスは致命的に遅すぎるため、ここではほとんど役立たない。無自覚的に動作する潜在脳機能こそが、勝負の鍵を握っている。トップアスリートの潜在脳機能を解明し、その知見をプレイヤー個人の個性やレベルに応じて適用すれば、効果的に技能を高めることができるだろう。ウェアラブルセンサによるスポーツ実践中の心身状態計測、body-mind reading & feedback技術、潜在脳機能に関する知見を融合させて、初心者からトップアスリートまで、技能向上を支援する手法とシステムの開発を目指している。 
    Sports Brain Science Project