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見どころ その2 「視覚の新しい見方」

6月5日,NTT CS研オープンハウス×未来想論2009で「質感を生み出す脳のメカニズム ~感性情報の理解と制御に向けて~」の研究講演を行うNTTコミュニケーション科学基礎研究所の本吉勇氏に,今回の講演の聞きどころと,研究の経緯を聞いた.
見どころ その2 「視覚の新しい見方」 本吉 勇
「人間は光沢感や透明感といった質感の知覚にたいへん敏感です.例えば,車についたキズはほんの小さなものでもすぐに気がつきます.また,ハリウッド映画などで使われているCG(コンピュータグラフィックス)を最近のものと1980年代のものとを比べると,そのリアルさの違いは一目で分かります.どんな映像も最終的には人間が見るのですから,この物の質感やリアルさを人間がどのように見分けているのかが分かれば面白いと考えて研究を始めました」と本吉氏は質感知覚の研究の重要性と,研究を始めたきっかけについて語った.「研究の結果,人間は画像の中の単純な特徴を利用して質感を知覚していることを発見しました.講演では,この発見の鍵であるこの特徴について紹介し,その特徴を利用した錯視もお見せします.」この本吉氏の発見は英科学雑誌Nature(2007年4月)に掲載され,大きな反響を呼んだ.現在,本吉氏によるその後の研究を世界中が注目している.

輝度分布の歪みが質感を変える

「この研究のポイントは,人間の質感の知覚が,歪度(注1)と呼ばれる画像の中の単純な特徴でうまく説明できるということにあります」と本吉氏は語る.ハリウッド映画のCGは,物体のもつ反射特性や立体構造を大規模なコンピュータ・シミュレーションを使って再現し,リアルな質感を創り出している.だから人間の脳も,物体の立体的な形や照明などを複雑な計算によって「復元」しながら質感を知覚しているにちがいない,と考える科学者が多かった.しかし,本吉氏は,実は画像の中の単純な特徴の違いが,人間の質感の知覚を変えるということを発見した.この発見は質感を簡単に制御する方法につながるため,CGの研究者,技術者にも大きなインパクトを与えている.「私たちが見ている外界の環境はとても複雑です.でも,目に映る画像のなかでは,その複雑さがとても単純な特徴に落ちることがある.脳はそれをうまく利用しているわけです」と本吉氏.ただ「そうした特徴は他にもあることがわかりつつあり,特徴のリストは未完成です」とも.質感制御の工学的な応用のためには,更なる基礎研究が必要なのだろう.
見どころ その2 「視覚の新しい見方」

線と面

「脳の視覚システムは画像のなかの変化する部分をまず検出します.エッジや境界などです.一方,そのエッジで囲まれた一様な面はどうかというと,きちんと処理していないようなのです.でも,私たちにはその面の色やテクスチャも“見えて”います.」と語る本吉氏は,大学時代から視覚の研究に従事し,特に「面」の知覚の研究を行ってきた.本吉氏は,カナダでテクスチャ知覚に関する基礎的な研究に従事したのち,2004年から質感という新しい「面」知覚の研究プロジェクトに参加した.MITのTed Adelson教授らとの数年にわたる研究討論や実験を経て,“質感知覚と単純な画像特徴との関係”を明らかにし,さらに“質感残効錯視”という新しい錯視を発見した.これら理論・実験両面の発見が,研究の高い評価,Natureへの掲載につながったのだろうと本吉氏は語る.

「人間が面をどのようにして知覚しているかを理解することは,意識の生まれる仕組みを理解することにもつながる」という信念のもと,本吉氏は次なる“面”に挑んでいる.

(注1)歪度:分布の非対称性を示す指標.ここでは,画像の輝度分布の非対称性を指す.

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