招待講演

<個性>を科学するためのチャレンジ

東北大学 副学長・大学院医学系研究科 教授
大隅 典子

概要

  2003年にヒットしたSMAPの「世界に一つだけの花」のサビの部分は、以下のような歌詞となっている。

『世界に一つだけの花
  一人一人違う種を持つ
  その花を咲かせることだけに
  一生懸命になればいい』

  私たちは皆、それぞれ 異なる<個性>を持つ。それはいったい、どのようにして獲得されるのだろう?

  命は、たった1個の受精卵として始まる。父親の精子と母親の卵子が受精したときに、「個」の情報が規定される。それは、DNAのACTGの文字として書き込まれた「ゲノム」という情報、そしてゲノムの“上書き”として付け加えられた「エピゲノム」という情報だ(「エピ」は「上」や「後」という意味の接頭語)。

  エピゲノムは、DNAそのものや、DNAの鎖が巻き取られるヒストンというタンパク質の化学修飾に基づくが、ちょうど句読点等の“記述記号”のように、その有りなしでゲノムの言葉の意味が変わってしまうような働きがある。ゲノム情報は基本的に生涯、変わらないが、エピゲノム情報は、生活習慣や経験により変わりうるものであり、遺伝子の “働き方”を変化させる。

  この問題に実証的に迫ろうと、5年前に「多様な<個性>を創発する脳システムの統合的理解」という研究グループを立ち上げた。私たちのグループはとくに、天才や自閉スペクトラム症などの神経発達障がいの方が「非定型発達」を示すということに着目している。そのような「非定型」さ(それは「個性」と捉えることもできる)がどうやって生じるのかについて、ヒトの疫学的研究より示唆される「父親の加齢」による次世代への影響について、精子エピゲノム情報の変化による影響を明らかにしつつある。

  私たちはマウスをモデル動物として研究している。実験動物であるマウスは、“遺伝的に均一”であることが大きなメリットだ。つまり、ゲノム情報が同じであるにも関わらず、<個性>が認められるということは、種々のエピゲノム情報が異なることを示している。

  これまでの研究成果により、私たちは確かに父加齢により非定型発達を示す仔マウスが多くなることを見出し、精巣内で精子が形成される過程においてどのようなエピゲノム変化(これを私たちはこれを「エピ変異」と名付けている)が生じるかを示しつつある。

  このような<個性>を科学するためのチャレンジは、生物学的には有性生殖における卵子側(=命自体の継承)と精子側(=多様性の付与)の役割を浮かび上がらせるものであるとともに、近年、なぜ発達障がいが増えているのかについての考察として、社会科学的に大きなインパクトがあると考えられる。


関連文献

『 』内:出典「世界に一つだけの花」(作詞:槇原敬之)
大隅典子『脳からみた自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』(講談社ブルーバックス、2016)
大隅典子『脳の誕生 発生・発達・進化の謎を解く』(ちくま新書、2017)

講演動画

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講演資料

講演者紹介

東北大学 副学長
大学院医学系研究科 教授
大隅 典子

プロフィール

1985年 東京医科歯科大学歯学部卒
1989年 同大学院歯学研究科修了 歯学博士
1989年 同大学歯学部助手
1996年 国立精神・神経センター神経研究所室長
1998年 東北大学大学院医学系研究科教授
2018年 東北大学副学長・附属図書館長
この間、CREST研究代表者(2004~2009)、東北大学グローバルCOE拠点リーダ(2007~2012)など歴任。現在、新学術領域「個性」創発脳(2016~)、領域代表。

専門の内容

発生発達神経科学、脳の発生発達維持の分子機構、神経新生低下と精神疾患発症の関わり、脳の健やかな発生発達維持のための栄養、自閉症の病因病態に関する神経生物学的検証

著書

著書に、『脳の誕生 ―発生・発達・進化の謎を解く』(ちくま新書、2017)、『脳からみた自閉症 ―「障害」と「個性」のあいだ』(ブルーバックス、2016)など